剣道とキリスト教

川西市総合体育館

高嶺を目指そうではないか


剣道_2020-1023_庄司師範との練習_a

昨日(10/23)の剣道は、師範と3人の先生方に稽古をつけていただきました。

そのあとは、小学生たちとの練習の元立ちで。

大汗をかいた後の剣道着のままの帰宅なので、ちょっと寒い!!
新型コロナウィルスの拡大以降、8ヶ月ほど更衣室とシャワーが使えません。
早く温水シャワー、使えるようになるとよいのですが・・・。
 

師範からは、「気・剣・体 の一致」が崩れているので、心がけることと、<騙(だまし)>は避けるようにとのこと。
(だまし討ちの「騙し」ですね。)

最近、様々な「技(わざ)」が使えるようになってきたこともあり、「心」が囚われていたようです。

「技」に頼ると、体も、心も、剣も崩れます。
もちろん、師範や先生方には通じません。

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剣の道は、階段を一つ登ると、さらに、上の数段が見えてくる。

キリスト者の信仰や「聖化」も、同様だと思わされます。
「高嶺を目指そうではないか」との声が聞こえてくるようです。

 
(*写真:庄司師範との練習)

初歩をもう一度

『初歩をもう一度』

昨日(10/13)の剣道の練習。
火曜日は、小学生・中学生の練習が中心です。
8時20分ごろから練習終了の50分ぐらいまで、基本練習と先生との地稽古一本の練習ができ、幸いでした。

ただいま、正しい「面打ち」の練習中。
剣道を習いたての子どもたちに負けないように、私も稽古中です。
最後の15分ぐらいは、子どもたちとの地稽古の時もあります。

最近は、新しく練習を開始した一般の方や子どもたち(まだ、面や防具はつけていません)、4〜5名も練習中。
参加者が増えてきた感じです。

剣道_2020-1013_b

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「年数からすれば教師になっていなければならない」
 
「基本」ができていないと、上達はなかなか難しいものです。
キリスト教信仰においても、この点は、厳しく戒められています。
 
<新約聖書・ヘブル人への手紙 51214節>

12
あなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神が告げたことばの初歩を、もう一度だれかに教えてもらう必要があります。あなたがたは固い食物ではなく、乳が必要になっています。
13
乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。
14
固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。
 
 
「剣の道」も、「キリストの道」も、55年と47年。
厳しい「戒めのことば」に直面している感を覚えます。



昨日(2/21)の剣道


昨日(2/21)の剣道。

庄司師範との練習_2020-02-21_20-15

師範(92歳)との練習では、いつも、渾身の面を打ち込んでいくのですが、すべて受け止められて、鮮やかな胴を打たれます。
師範の冴えのある剣さばきを習得したいものです。

・・・
3枚の写真は、ヤクルト時代の古田選手の写真とバット。
川西市総合体育館の一階のコーナーです。

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本年最後の川西市剣道協会 本部道場の練習

「合理」「理にかなっている」は、一人でも可能。
しかし「理合」は、相手がいないと成り立たない。

まさにコミュニケーションの世界!

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本年最後の川西市剣道協会 本部道場の練習に行ってきました。 (^^)//

久しぶりの剣道なので、ゆっくり、ゆったりの練習でした。
小学生、中学生は、動きが機敏ですね。
思わぬところで、一本打たれることも。

剣道_2019-12-28



剣道は、究極のコミュニケーション!


剣道は、究極のコミュニケーション!
 
左膝を痛めていたので、剣道の練習はしばらく休んでいました。
今日(12/13)は一ヶ月ぶりに、川西市総合体育館の二階、武道室で行われている、川西市剣道協会本部道場の練習に参加。
軽めの練習(6割くらい)でセーブしました。 

庄司師範の教え_理合と竹刀の持ち方_2019-1213

92歳の師範と、60歳台のN先生と、本部道場代表のT先生との練習。
早めに、15分くらい前に練習を終えて、面を外して素振りをしていると、近づいて来られた師範が、にこやかに「剣道は精神、理合、許すところ・許さざるところ、の鍛練です。闇雲に打ち込んでは上達しません。」と声をかけてくださいました。
短い時間ですが、いつも、大切な教え。
竹刀の握り方、左手と右手の使い方、打ち方も。
 
私にとっては、なかなか習得が難しい教え「理合(りあい)」、究極のコミュニケーションの領域です。
 
知ったこと、分かったことと、体得しているか否かは、全く違いますね。
 
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神学校で、神学生たちを前に「キリスト教人間学」(旧講座名・「教育心理学・発達心理学」)を家内と二人で教えていた時のメインテキスト『バウンダリーズ:境界線』(ヘンリー・クラウド/ジョン・タウンゼント 著/中村佐和・中村昇 共訳/地引網出版 / 2004-10/1 発行)のことを思い出していました。
 
この本が出版されて間もない時に、大阪のジュンク堂書店で神学校の授業用にふさわしい本がないか、家内と探しに行っていて、見つけました。(20054月)

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それで、神学校の授業講座名も「キリスト教人間学」に変更。
この講座名で再スタートした頃、翻訳者の中村佐知さん(アメリカ在住)にメールで連絡をして、いろいろアドバイスもいただきました。
 
当時、教会内の対人関係(牧師・役員・教会員)で悩みを抱えたり、心身共に疲れを覚えて通院や休業、退職を余儀なくされた牧師たちの事例が、関西地域の各教団・教派の諸教会でも見受けられるようになっていました。

それから、15年。
対人関係における「バウンダリーズ」の大切さ、良きコミュニケーションを培うことの重要性については、日本の社会でも当然の基本的知識として共有されて来てはいます。
ただ、お互いに、どれだけ「体得」しているかは、別なのかもしれません。
 
教会においても、社会の様々な領域でも、良き人間関係や互いに敬い尊敬する「良きコミュニケーション」を培う(体得する)ことは、本当に大切ですね。
 
聖書の教え、剣道の教えも、共通しています。
 
<聖書の教え>
「愛をもって真理を語り」、「尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」
 
<剣道の精神・キリスト者の生き方>
 「円満」「柔和に穏やかに」
・小野派一刀流 17代宗家:笹森建美師 の言葉。
 (日本基督教団 駒場エデン教会牧師 / 20178/15 召天)
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