剣道とキリスト教

庄司典雄師範

庄司典雄師範による 面、小手、胴打ちの教え

庄司典雄師範による 面、小手、胴打ちの教え( 2018-5/11
 
(・2022年3月15日に、庄司師範から YouTube 掲載の承諾をいただきました。)
 
2018年5月11日の練習での、庄司典雄師範(90歳)による「面、小手、胴」打ちの指導です。
小学生の男子に、わかりやすく教えてくださっています。

高段者にとっても、とても大切な「面、小手、胴打ちの教え」の、まさに真髄といえましょう。


庄司典雄師範との練習__2020-10/23

庄司典雄師範との練習__2020-10/23



剣道_2020-1023_庄司師範との練習_a

2020年10月23日の「本部道場」での庄司典雄師範との練習です。



● <練習のポイント>


・ 師範の「面ー抜き胴」
・ 師範の「面ー磨り上げ(切落し)面」
・ 師範の「面ー小手・胴
・ 師範の「(先の)小手」
 


毎回、必ず、面を付けて最初に庄司師範の指導をいただくために、小中学生とともに並んでいます。

柔らかな「風」のような動きの師範と剣を合わせると、自分の体が重くなり、スローモーションのように感じます。
不思議な感覚です。
(90歳代前半の師範と、60歳代最後の年の私。)

一本一本、なんとか基本に忠実に練習に励みたいものです。



自分を守ること=間合い

『自分を守ること=間合い』

先週の金曜日(11/20)の剣道。
 
師範から、切り返しの注意点として、「一本めの切り返しは、面から面までを一呼吸で行うように。」と、「面を打った時に、面打ちが深すぎるので 物打ち(竹刀の先から 25〜30センチの部分)で打つように。」との助言をいただきました。

剣道-庄司師範の教え_物打ちで打つように_2020-1120_19:50
写真:庄司師範(九十歳代の先生です)

そして・・・、この日の一番の教えは、練習前に声をかけてくださったときの言葉です。

「剣道では、攻撃(打ち込むことなど)とともに、自分を守るようにすることが大切です。自分を守るとは、相手との間合いなのです。」
  
以前、担当していた神学校(福音聖書神学校)の「教育心理学(発達心理学)」( 2005年に『キリスト教人間学』に講座名を変更)の授業で、テキストとして使った、『境界線(バウンダリーズ)』の本を思い浮かべていました。
 
・2005年4月に、「バウンダリーズ(境界線)」の概念の紹介と人間理解を深めるために、『キリスト教人間学』の講座を開講し、6年間にわたり妻と共に二人で授業を担当。
 
対人関係で、「踏み込まれている」ことさえわからずに傷を受けていたり、相手の領域に「踏み込みすぎて」感情的にも実際的にも互いの関係が悪くなっていたり、心身ともに疲れ果ててしまっていることもありますね。
 
『境界線(バウンダリーズ)』の本は、とても大切な教え、まさに、対人関係の「間合い」を知るために、オススメの一冊です。 


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『境界線』
ヘンリー・クラウド/ジョン・タウンゼント 著
中村佐知・中村昇 共訳

地引網出版(2004年10月1日)

<参考>
『剣道は、究極のコミュニケーション!』










高嶺を目指そうではないか




昨日(10/23)の剣道は、師範と3人の先生方に稽古をつけていただきました。

そのあとは、小学生たちとの練習の元立ちで。
剣道_師範と_2020-0925
大汗をかいた後の剣道着のままの帰宅なので、ちょっと寒い!!
新型コロナウィルスの拡大以降、8ヶ月ほど更衣室とシャワーが使えません。
早く温水シャワー、使えるようになるとよいのですが・・・。
 

師範からは、「気・剣・体 の一致」が崩れているので、心がけることと、<騙(だまし)>は避けるようにとのこと。
(だまし討ちの「騙し」ですね。)

最近、様々な「技(わざ)」が使えるようになってきたこともあり、「心」が囚われていたようです。

「技」に頼ると、体も、心も、剣も崩れます。
もちろん、師範や先生方には通じません。

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剣の道は、階段を一つ登ると、さらに、上の数段が見えてくる。

キリスト者の信仰や「聖化」も、同様だと思わされます。
「高嶺を目指そうではないか」との声が聞こえてくるようです。

 
(*写真:庄司師範との練習)

剣道は、究極のコミュニケーション!


剣道は、究極のコミュニケーション!
 
左膝を痛めていたので、剣道の練習はしばらく休んでいました。
今日(12/13)は一ヶ月ぶりに、総合体育館の二階、武道室で行われている、本部道場の練習に参加。
軽めの練習(6割くらい)でセーブしました。 

庄司師範の教え_理合と竹刀の持ち方_2019-1213

92歳の師範と、60歳台のN先生と、本部道場代表のT先生との練習。
早めに、15分くらい前に練習を終えて、面を外して素振りをしていると、近づいて来られた師範が、にこやかに「剣道は精神、理合、許すところ・許さざるところ、の鍛練です。闇雲に打ち込んでは上達しません。」と声をかけてくださいました。
短い時間ですが、いつも、大切な教え。
竹刀の握り方、左手と右手の使い方、打ち方も。 


 
私にとっては、なかなか習得が難しい教え「理合(りあい)」、究極のコミュニケーションの領域です。
 
知ったこと、分かったことと、体得しているか否かは、全く違いますね。
 
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神学校で、神学生たちを前に「キリスト教人間学」(旧講座名・「教育心理学・発達心理学」)を家内と二人で教えていた時のメインテキスト『バウンダリーズ:境界線』(ヘンリー・クラウド/ジョン・タウンゼント 著/中村佐和・中村昇 共訳/地引網出版 / 2004-10/1 発行)のことを思い出していました。
 
この本が出版されて間もない時に、大阪のジュンク堂書店で神学校の授業用にふさわしい本がないか、家内と探しに行っていて、見つけました。(20054月)

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それで、神学校の授業講座名も「キリスト教人間学」に変更。
この講座名で再スタートした頃、翻訳者の中村佐知さん(アメリカ在住)にメールで連絡をして、いろいろアドバイスもいただきました。
 
当時、教会内の対人関係(牧師・役員・教会員)で悩みを抱えたり、心身共に疲れを覚えて通院や休業、退職を余儀なくされた牧師たちの事例が、関西地域の各教団・教派の諸教会でも見受けられるようになっていました。

それから、15年。
対人関係における「バウンダリーズ」の大切さ、良きコミュニケーションを培うことの重要性については、日本の社会でも当然の基本的知識として共有されて来てはいます。
ただ、お互いに、どれだけ「体得」しているかは、別なのかもしれません。
 
教会においても、社会の様々な領域でも、良き人間関係や互いに敬い尊敬する「良きコミュニケーション」を培う(体得する)ことは、本当に大切ですね。
 
聖書の教え、剣道の教えも、共通しています。
 
<聖書の教え>
「愛をもって真理を語り」、「尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。」
 
<剣道の精神・キリスト者の生き方>
 「円満」「柔和に穏やかに」
・小野派一刀流 17代宗家:笹森建美師 の言葉。
 (日本基督教団 駒場エデン教会牧師 / 20178/15 召天)
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